ぷそ騎士物語 (ナリア)
エリヤ・M・カーツマン
①幼き夢
(騎士になりたかった男の子のお話)
...
エリヤ・メルフォード・カーツマン
アークスシップ219番艦にて、研究員である父ライとその助手であった母サイネリアの間に生まれる。
それなりに裕福な家庭ではあったが上記の通り両親は多忙であり家で一人過ごすことが多かった。
ある日、そんな我が子を見かねて両親はエリヤに一体の子守用のキャストをプレゼントする。
それは、高い感受性を持つオーダーメイド機であり、彼もそのキャストを気に入り「ソレイユ」と名づけた。
ソレイユはその名の通り太陽の様に明るく彼を照らしてくれていた。
幼少時、エリヤの外見は、まるで少女を思わせるかのように華奢で可憐であった。
しかし、彼はそんな自分の外見を嫌っていた。
その外見ゆえに周りの子にはからかわれ、内気で弱気な性格の彼は、いつも泣いてばかりいた。
そして、そんな泣いてばかりの彼を優しく抱きしめてくれていたのがソレイユだった。
彼にとってソレイユは、いつも彼を支えてくれる、大切な家族だった。
ソレイユが来てから数年、エリヤにも妹ができた事がわかった。
大きく膨らんだ母親のお腹に耳を当て、その鼓動を聞く。
姿はまだ見えないけど確かにそこにいる新しい家族。自分よりも弱くて小さい小さい妹。
…そんなある日、いつもの様に泣きじゃくる彼にソレイユは一冊の絵本を送った。
それは小さな騎士の成長を描いた、一冊の絵本だった。
それは、小さな騎士がお姫様を守るために悪い魔物に立ち向かう英雄譚。
―…坊ちゃまはもうすぐ”お兄ちゃん”になられるのです。
これからは生まれてくるお嬢様を今度は坊ちゃまがお守りするのですよ…―
それは彼の独り立ちだったのかも知れない。
それからの彼は、どんないじめにも耐え、そして戦った。
もちろん、彼は力も体もその外見どおりに華奢で喧嘩をしても勝てるはずがなかった。
それでも、彼は決して涙を見せることはしなかった。
約束を守るために、強い”兄”になるために。
彼は”泣き虫”から卒業したのだ
しかし、幸せな日々は彼が15の時に終わりを告げる。
……アークスの大量失踪事件とそれに伴う大規模なダーカーの襲撃が起きたのだ。
彼の住む219番艦は一瞬にしてダーカーに飲まれた。
その日は丁度ソレイユがカーツマン家に来た日であり、彼女のバースディプレゼントをナリアと一緒に模索していた。
彼は5歳の妹を背負いながら、ダーカーの溢れ出す市街地を駆け抜ける。
父や母、そしてソレイユが心配だったから……。
やがて視界に入ってきたのは大きく傾き、崩れかけた自分の家だった。
歪んだドアを蹴破る。
そして必死に両親とソレイユの名を叫んだ。
神様、どうか…どうかッ!!
祈るような思いで彼は必死に探した。
やがて、居間で仰向けに倒れているソレイユを見つける。
妹を降ろし、急いで彼女の傍に駆け寄る。
「ソレイユ!」
必死に彼女の名を叫ぶ。
隣ではナリアが心配そうにその様子を見つめていた。
「……ぼ…ちゃま?…お嬢様…?」
よかった!無事だ!
彼女の声を聞いてほっと胸を撫で下ろした、その時だった。
「お、おかーさん?」
その声に思わず振り返る。
よかった!母さんも無事だったん……
そう言いかけて、彼は思わず言葉を飲み込んだ。
妹の…ナリアの目の前にいた母親は、紛れもなく彼の母親だった。
しかし、明らかに様子が変だ。
まるで、壊れたマリオネットのようにダランとした体躯。
四肢からはギチギチギチと不気味な異音をあげており、
その目は紅くギラつき、静かにナリアを見つめていた。まるで獲物を狙う猛禽類のように……。
そして何より、その腕は既に人のモノではなかった。
赤黒い鎌、それが彼の第一印象だ。
そして、その鎌を妹に向けて振り上げ、今にも振り下ろそうとしていたのだ。
「やめ…!!」
必死に叫びながら母親に飛び掛る。
しかし、彼の悲痛な叫びは、”母親だったモノ”には届かない。
無常に振り下ろされた死神の鎌は的確に妹の頭に向かい進んでいく。
最愛の娘を切り裂き、無残な屍とするために……。
彼には、その光景が酷くゆっくり見えていた。
もちろん自分自身さえも……。
ダメだ…間に合わない……!
すべてを諦めかけた、その時。
何かが自身の隣を駆け抜けた。
……ソレイユだ。
彼女は人間の何倍もの脚力を生かし、”母親”に掴みかかったのだ。
必死に母親の鎌を押さえ込みながら、彼女は叫んだ。
「ぼっちゃま!
お嬢様をはや……ガッ」
ソレイユの言葉が異様な声と共に途切れる。
彼女の背中からは無数の赤黒い槍が生えていた…。いや、違う。
貫かれたのだ。
……誰が?
―…ソレイユが―
……誰に?
―…母さんに―
「うわああああああああああああああああああああ!!!」
彼は、叫んだ。
声にならない声で。
それは嘆き、慟哭だった。
認めたくない現実。
嘘であると言ってほしい。
誰でもいい、すべては悪い夢だったのだと……。
呆然とする彼の前で、音を立てて”ソレイユだったモノ”が崩れ落ちる。
あるいは、それは彼の中の現実が砕ける音だったのかもしれない。
何も認めたくない、きっとこれは悪い夢で、朝になってソレイユに起こされるんだ。
それで、トーストを食べながら馬鹿な夢を見たなって笑いあうんだ……。
「ははは……」
渇いた笑みを浮かべるエリヤ。
もはや彼には現は見えていない。
幻想の中に想いを馳せ、辛い現実からの逃避を図っていた。
そして、そんな彼を静かに見つめる紅い瞳。
燃えるような紅い瞳でありながら、その視線はまるで凍てつくかのように、冷たい。
紅い目のソレは視線を彼に向けたまま、ゆっくりと腕を振り上げる。
抜け殻のような、息子の命を奪うために。
「やめて……おかさあぁぁあん!!」
声が聞こえた。
刃が顔を掠り、床へと突き刺さる。
……左目に焼けるような痛みが走った。
振り下ろされた刃が右目を掠り、床に突き刺さったのだ
そして、その痛みが彼を現実に引き戻した。
……ッ!
声の方へ視線を向ける。
そこには、恐怖に顔を歪ませた少女が……妹が自分を見つめていた。
―…坊ちゃまはもうすぐ”お兄ちゃん”なんです…―
不意に甦るのは、かつての約束。
―…お嬢様を今度は坊ちゃまがお守りするのですよ…―
「―ッ!うわあああああああああッ!!!」
目に入ったのは銀色に輝く刃。
かつて父親が自慢げに展示していた、一本の刀剣だ。
彼は視界に入った刃元までかけより、倒れたショーウィンドウの中から銀色の刃を……アギトを引き抜く。
かつて、父親が集めていた骨董品だ。
曲線と刃の波が美しいカタナと呼ばれる部類の武器であり、前世代の刀剣だ。
美しい曲線を持つそれ母親に突き立てる、全体重をかけて、深く、深く……。
刃が母親の中へと沈んでいく感触とその血の温もりがその手を通して感じる。
「おかあさん!おかあさん!!」
亡骸にに泣きつきナリアが悲痛に叫んでいた。
しかし、ソレが動くことはもうない。
「……ナリア」
泣きじゃくる妹をそっと抱きしめようとして、その手を止める。
視界に映ったその腕は赤く紅く、血に染まっていた。
そして、自分こそが母親を殺めた張本人であることを自覚する。
…紅く染まったその手では、もう彼女を抱きしめてやる事もできない。
自分の無力さを噛み締めながら、彼にできるのは、泣きじゃくる妹をただただ見守るだけだった。
自分はなんて無力なんだろう。
こんな時に、オレはアイツに何もしてやれないなんて……。
ゆっくりと、彼は母親の方を見つめた。
あの時、左目を掠った刃。
正確に自分の頭を裂こうとしていた刃。
なのに、それは彼の左目を掠る程度に留まった。
もしかしたら、あの時のナリアの叫びが、母さんの一時的にでも母さんに戻したんじゃないか?
だから、抵抗もなくアギトに貫かれたんじゃないのか?
そればかりが頭を過ぎ去っていく。
頭では理解しているつもりだった。母親は既に事切れていたのだ。
その屍が侵食を受けダーカーとなり果てていた事くらい彼も理解していた。
だけど、納得はできなかった。
「……グッ…」
唐突に、自分の胸に焼けるような痛みが走る。
その様子に、振り向いたナリアが驚きと恐怖に顔を歪め、何かを叫んでいた。
ゆっくりと自分の胸を見つめる。
自分の胸から、何かが生えていた。
そう、それはソレイユを貫いたものと同じもの。
赤黒い槍が彼の胸を貫いていたのだ。
肉を抉るような不快な音が聞こえ、ゆっくりと槍……いや、異形の腕が引き抜かる。
膝が折れ、彼はその場に崩れ落ちた。
…全身から、何かが流れ出ていくような感触がし、酷く生臭い血の香りが鼻腔を着く。
……冷たい。
視界も、音も、何もかもが冷たく、世界がモノトーンに染まっていく感覚がする。
「……いさん!に…さん!!」
誰かが呼んでいる気がする。
その少女は必死の形相で彼に泣きつき揺すっていた。
そして、自分とナリアに落とされた黒い影。視界に映った赤黒い異形……
……父さん……。
「……ッ!!」
アギトを握った右手にありったけの力を込める。
そしてその刃で、今にも振り下ろさんとする異形の大鎌を切り裂く。
赤黒い体液を辺りに撒き散らし、鎌は明後日の方角へ飛んでいき、壁に突き刺さった。
そしてそのまま刃を、バランスを失い倒れこんできた父親の首へと突き立てる。
肉を断つ感触と共に、ごとん、と嫌な音を立てて、何かが床をに落ちた。
……ああ、またこの感触だ。
彼は、静かに心の中で毒づいた。
結局、母親だけではなく、父親さえもその手にかけてしまった。
最悪の感触を、この手に残して……。
何もかもが疲れた。
だけどただひとつだけ……彼女との約束を守れたのなら、アイツを…妹を守れたなら、それで十分なのかもしれない。
遠くなる意識の中で必死に誰かが叫んでいる気がした。
……酷く、疲れたんだ。もう、休ませてくれ……。
……
……
気がつけば、メディカルセンターのベッドの上で寝かされていた。
悪い夢でも見ていた気がする。
頭痛のする頭を抑え彼はゆっくりとベットから降りようとした。
しかし、地に付いた足は、彼の体重を支えることができずに、そのまま縺れ倒れてしまう。
そのまま、自力で立ち上がることさえもできない状態の中で、彼は状況を悟った。
手術衣の開いた胸元から覗く傷。
それは丁度彼の心臓の部分に位置しており、その部位だけ赤黒く染まっていた。それはまるで、あの時の両親の肉体と同じように……。
それは、悪夢の続きだった。
そして、その傷は彼にとっての悪夢であると同時に現実であることを証明する。
ならばナリアは?
アイツは無事なのか!?
ただならぬ不安が彼の心を締め上げていく。
自分だけ助かっても、アイツが助かってなければ意味がない!!
彼は叫んだ。
必死に妹の名を。
姿の見えないただひとつの希望を。
やがて、”男”が彼の元を訪ねたのはそれから数分後の事だ。
「……妹に会いたいかね?」
男に案内された先、そこはメディカルセンターの個室だった。
白い壁に白い床、白い天井……辺りを囲む白が、先ほどまでの自分の悪夢と対照的で、酷く眩しく感じた。
開かれたドアの先、彼の視界に映ったもの。
ベッドの上から、静かに外を眺める少女……。
「ナリ…ア…」
静かに、少女の名を呼ぶ。
捜し求めていたその名を。
自分にとっての最後の希望を。
ただ一人残された唯一の家族の…妹の名を……。
「……あ、兄さん」
振り向き、優しい笑顔を向ける少女。
「おとーさんとおかーさん、遅いね。
今日は、ソレイユの誕生日だからパーティーの準備しなきゃいけないのに」
ドクン、と心臓が脈打つ音が聞こえる。
失ったはずの心臓が……その鼓動が早まっている。
少女は虚ろな瞳を彼に向けた。
それは以前、彼が幻想の中へと足を踏み込んだときと同じ、光のない瞳。
「あ!兄さん、後で買い物行こうよ。
ソレイユがビックリするようなプレゼントを用意しようね」
―…ドクン!
エリヤは思わずナリアに手を伸ばす。
だが、視界に映るその手は紅く染まっていて……
「……ッ!」
…思わずその手を引っ込める。
実際に紅く染まっているわけではない。
しかし、エリヤには見えてしまっていた、赤黒く、血の色に染まったその手が。
ナリアはキョトンとした表情をした後、またいつもの笑顔を浮かべた。
「お父さんとお母さん、遅いね。
どうしちゃったんだろう」
……彼は、それ以上、ナリアを見つめる事ができなかった。
本当なら、抱きしめて大丈夫だと言ってやりたい。
すべては悪夢だったんだと言ってやりたい。
……だけど今の彼にはそれができない。
血に染まったその手で、彼女に触れることなんてできなかった。
「…………」
「……救いたいかね?
……その娘を……」
”男”は尋ねた。
それが、すべての始まりだった。
男はエリヤに言った。
失くした心を取り戻したいなら、そして妹の身を守りたいのなら取引をしろ、と。
それは最早、取引と呼べるようなものではなかった。
心を失った妹を実験素体とし、犠牲にするか。
それとも、彼が上層部の実験に協力し、妹を守り、その心を救うのか。
「私達も”協力者”の身内を実験体として使うような非道はしないよ。
協力者の身内、ならばね」
男は、下卑た笑みを浮かべ、エリヤに問いかけた。
そこに選択の余地はなかった。
妹を連れて逃げる、そんな考えも浮かんだ。
しかし、所詮は完全に管理された船団だ。
”彼にとっての牢獄…この船団内に、逃げ場などどこにもなかった”
そして彼は、連中に言われるがままに任務を全うした。
その多くはダーカーの制御実験だ。
シップを一隻犠牲にし、そこにダーカーをおびき出す。
司令塔が存在しない現状のダーカーに対して、彼を使いダーカーを制御するという物だ。
しかし、実験が成功する事はなかった。
ダーカーを誘き出す事まではきても、それを制御することなど到底できない。
最初からわかりきっていたことだろう。
だが、彼らの目的は”彼”がダーカーを制御することではなく、”彼”と実験のデータから、制御用システムを開発することだ。
それに、連中の目的は実験だけではなかった。
それは実験を兼ねて連中にとっての邪魔者を消すことだ。
彼の能力は、連中の目的に大いに貢献した。
無関係な人間を大勢巻き込みながら……。
そんな毎日の中。
彼はソレイユが遺した絵本を見つめ、自分が騎士になれない事を悟る。
その手を多くの血で染めて、大勢の命を奪い去った自分は差し詰め、絵本に出てくる悪い魔物だ。
自分は、悪魔に魂を売った悪い魔物なのだろう……。
もう、騎士になることは……できない。
夢も大切なモノもすべて失った彼にただひとつ残されていたもの。
そこにあったのは、兄としての責務だった。
今は亡き、掛け替えのない存在が遺した言葉を今でも思い出す。
”オレがナリアを守っていく、たとえ他の何を犠牲にしたとしても……”
たった一人の”家族”を……妹を守るため、彼はその手を血に染め続けるだろう。
いつか、悪い悪魔から妹を解放する日まで。
そして彼は見つめる。
血染めの魔物である自分が、騎士に討伐されるその日を。
ナリア・Mカーツマン
師匠編 ~ミーシャとの物語~
①わたしに出来る事
(騎士に出会った女の子と騎士に見えた人のお話)
...
最期を悟った。
身体を打ち上げる衝撃、砕けたメットの隙間から見えるのは紅く染まる夜空。
そして、禍々しく巨大な禍津神の姿。
やがて打ち上げられた身体は大地に向けて自由落下を始める。
着込んだパワードスーツは機能を停止していた。最早身体は指一本も動かせない。
あの怪物が放った光の影響でスーツの機能は完全にショートしてしまっていたのだ。
重力に任せ、墜ち行く身体。
そんな中で、今までの出来事が頭を駆け抜けていくのを感じる。
走馬灯というモノなのだろうか。
そう、私が”あの人”と出会ったのも、今日みたいな日だったっけ…。
【ナリア編1:わたしに出来る事】
①
あの日、初めて姿を現したマガツの進撃に、多くのアークスが命を落とした。
わたしもまた、あの日に多くのアークス同様マガツに破れ命を落とすはずだった。
マガツの巨大な腕に薙ぎ払われ、沢山の瓦礫と一緒に地面に叩きつけられて。
だけど、わたしは死ななかった。
わたしの手を掴んでいたのは、鋼鉄に覆われた無骨な腕。
―……御伽噺の騎士……―
それがあの人を見た時、最初に頭を過ぎった言葉。
月光と炎に照らされ、美しく輝く黒銀の鎧。
そして、その鎧に身を包んだ逞しく綺麗な女性。
わたしの身体はその女性の手によって引き上げられた。
わたしは顔をあげる。視界に映るのは黒い鎧と風に流れる長い金髪と冷たい瞳。
目元に装着されたゴーグル型HMD越しに映る瞳が、わたしの顔を捉えていた。
「アンタ、あんな無茶な戦い方をして、死にたいの?」
わたしを咎める厳しい口調。
しかし、彼女はそれ以上を口にはしなかった。
ただ、質問だけを投げかけたまま、踵を返し早々に戦線へと復帰して行く。
彼女の鎧が……腰部に取り付けられた二基の大型スラスターが光を放ち、巨大なマガツを駆け上がっていくのが見えた。
あの禍々しくも巨大な怪物を見ても恐れる事もなく、勇敢に立ち向かっていく。
紛れもなく、彼女こそが”騎士”だと思った。
わたしの瞳には彼女がそう映っていたんだ。
二度目の出会いは”憧れ”からだった。
同じアークスであった事もあり、顔を見る事は何度もあった。
話もするようになった。
初対面の印象とは裏腹に意外にも人懐っこく気まぐれで、名前の通り猫(ミーシャ)のような人。
それでも、たまに彼女はどこか空虚な表情を浮かべる事がある。
理由はわからない。
だけど、今になって思う。
わたしはこの時、彼女のその姿を、憂いを帯びた瞳を、”失ってしまった大切な人”と重ねて見てしまっていたんだ。
それから程なくして、わたしは彼女の会社へと招かれる事となった。
わたしなんかの何を気に入ってくれたのか、正直言ってわたしにはわからない。
だけど、その時は理由を考える以上に嬉しかった。
彼女直々の部下になれた事が本当に嬉しかった。
憧れていた人を師匠と呼べる事が、本当に嬉しかったんだ。
しかし、そんな中で見えてきたのは憧れていた彼女の姿とは裏腹のズボラでだらしない姿。
所かまわずタバコを噴かす、脱いだ服は脱ぎっぱなし、飲酒業務当たり前、挙句の果てには誰が居ようとお構いなしに裸で歩き回る。
そんな姿を見ながらわたしは幻滅し、憧れ、そして心配した。
彼女は掃除や家事こそ人任せではあったが、肝心な所は決して人に委ねたりはしなかったから……。
彼女は大規模な民間軍事会社の社長であり、その手に持つ権力も力も圧倒的であった。
しかし、それ故なのかいつも一人で背負ってしまっているようにも見えたんだ。
いつだってそう……。
いつだって……。
②
ああ、最期が迫ってきているというのに、思い浮かぶのは彼女の姿ばかり。
空高く、高高度まで打ち上げられたわたしの身体。
”あの日”よりも遥か高く、高く……。
たとえどんなに手を伸ばしたとしてもそれを掴める人間はいない。
ゆっくりと瞳を開ける、落下する身体はいよいよ加速し最期の時が近づくのを感じた。
―……結局、わたしは何もできなかった……―
強くなりたい、あの人のようになりたい。
そう願って与えられた甲冑(強化外骨格スーツ)も、わたしには扱いこなす事さえできなかった。
ただ、憧れていただけのわたしには何もできなかった。
わたしは結局兄を失った時のまま変わる事もできていなかった。
……無力だ。
わたしは再び瞳を閉じて覚悟を決める。
地面が近づいてくるのが感覚的にわかる。
甲冑が機能を発揮できない今、衝撃の緩和など不可能。
打つ手などどこにもなかった。
無力感に苛まれたまま、わたしは終わるの……?
風を感じた。
身体に感じる強い”風”を。
「……ッ!」
衝撃はそれから少しだけ後に後続し、身体に響き渡った。
「……げほッ!」
鈍い痛みが身体を走り抜けて、思わず息を荒げる。
だけど、それはわたしを殺すような痛みじゃなくて……。
わたしはゆっくりと瞳を開く。
ぼやけた視界に映ったのは、何かが這った跡のように抉れた地面。
跡はわたしの身体に向かって直線を描いていた。
そして、わたしを庇うように倒れる黒い甲冑。
「なん…で…?」
言葉が漏れる。
”その甲冑”は所々が損傷していた。
特に無理な出力制御を行っていたのか、飛行用スラスターとフォトンコンデンサーが激しく損傷しているのが目に入る。
守れるようになりたかった。力になれるようになりたかった。
だけど、守られてるのはいつもわたしで……何もできなくて……
今回だってそうだ。
マガツの強烈な閃光を受けて、その衝撃にわたしの身体は大きく宙へ打ち上げられ、落下していった。
そんなわたしを彼女は空中で受け止め、そのまま庇ってくれたのだと思う。
直線状に抉れた地面も恐らくその時にできたものだろう。
空中戦を想定したスーツであるとはいえ、無謀だった。
わたしはまた……守られたんだ……。
「し、師匠……」
わたしはゆっくりと黒い甲冑の主に触れる。
「……ッ!」
小さく息を漏らし、ゆっくりと師匠は瞳を開く。
「いつつ……大丈夫よ。
全く、『早く逃げなさい』って言ったのに……」
そう言いながら、彼女はゆっくりと身体を起こす。
スーツからは砕けた装甲がいくつも零れ落ち、所々からコードや内部機器が姿を覗かせていた。
「し、師匠……!?」
ショートし、所々から火花を散らす師匠の鎧。
露出した肌にはいくつもの傷が見て取れた。
「大丈夫よ、傷は浅いもの。
それよりアンタの方こそ早くスーツを復旧させなさい!」
咎めるような口調。
彼女の迫力に思わず身を強張らせる。
一喝しつつも師匠は決して自身のスーツへ施す処置の手を止める事はなかった。
わたしもまた一瞬身を強張らせはしたものの、彼女の言葉でようやく自分のやるべき事を再認する事ができた。
マガツの広範囲閃光でショートし、システムダウンを起こしていたスーツを再起動させる。
右顔面が破損し割れたメットに光が走り、残った部分のHMDにステータスが表示されていく。
そう、わたしは”憧れていた者”になるためにここに居る
この強化外骨格スーツは……騎士の甲冑は誰かを守る為に師匠から貰った物。
もう、大切なモノを失って涙を流すのはごめんだ……!
わたしはゆっくりと空を見上げると、『TargetEnemy』と表示された巨神に視線をあわせた。
「いけるわね?」
隣で黒い騎士が尋ねた。
「はい!師匠!」
わたしは長槍を構え直し、答えた。
……だけど、この時はまだ気づいていなかった。
彼女が何を背負い戦い続けていたかを。
彼女がどれほど深い闇を心に抱えていたのかを。
彼女の力になりたい、そう願っていたのに、わたしは……―
③
『任務完了です。帰還してください』
通信機越しに聞こえてくるのはオペレーターからの帰還命令。
わたし達は多くの犠牲を払いながらも、無事にあの巨神を撃退する事ができた。
沢山のアークス達の尽力により、無事多くの命が救われたのだ。
ハルコタンも無事だ。
……だというのに。
「グッ…うぅ…!」
キャンプシップのベッドで横になっているのは、わたしにとって最も守りたかった人。
ハルコタンで巨神を撃退できた事に浮かれ、気づいた時には既に遅すぎた。
いつものように軽口を言いながら、キャンプシップへと戻った師匠がいきなり倒れ込んだのだ。
嫌な予感がした。
わたしは急いで彼女のスーツを解除する。
ガシュンという機械音と共にスーツに隙間が生まれ、大きく開いてく。
そして、そこから零れ出たのは朱。
夥しい量の血液だった。
腹部を覆った包帯はそれが過去の傷である事を表していたが、そこから朱い液体が溢れ出していた。
それはまだ治りきっていない大きな傷が開いてしまったという事を現している。
素人目でも一目で解るほどの重症。
わたしは急いで彼女を休憩用ベッドまで運び、止血処理と応急手当を施した。
一通りの手当ては終えたものの、所詮は応急手当であり、彼女の命が依然危険に晒されている事には変わりない。
わたしはアークスシップの救護班へと連絡を入れた。
キャンプシップ入港と共にメディカルセンターへと運搬してもらうために。
「もしもし!?
メディカルセンターですか!?負傷者が一名、至急受け入れの準備を……」
そこまで言った所で通信機がわたしの手から奪われる。
慌てて振り返ると、意識が戻ったのか、師匠がわたしの通信機を手にしていた。
そして、ピっという電子音と共に通信が切られる。
「……そんなの必要ないわよ」
師匠が小さく呟く。
心なしか、先ほどよりも顔色は良くなっているように……見えなくもない。
この人はいつもそうだ。
自分の傷の具合を本当に理解しているのか。
それ以上に、どうしてこんな傷を負ったまま出撃しようとしたのか、
どうしてこんな無茶をしてまでわたしを助けようとしたのか。
でも、ひとつだけ言えるのは……
「無駄ですよ。受け入れの許可は貰いました。
きっと救護班がアークスシップ入り口で待機していてくれているはずです」
師匠の行動は一歩遅かった。
ある程度信頼できる情報を伝えれば、準備は向こうが整えてくれる。
通信先もアークスIDから割り当てる事ができるし、マガツ戦という大規模な戦闘の後だったら大体の予想をつけてくれる。
状態などの情報を伝えられなかったのは少しだけ痛手だけど、それはもう仕方がない。
向こうでは怪我人収容の準備が着々と進んでいる事だと思う。
「あーもうなんでみんなこうなのよー!!!」
師匠が叫んだ。
そもそもそこまでメディカルセンターを嫌う理由はわからない。
でも、わたしが言いたいのはそこじゃなかった。
「みんなこうなのよー!!じゃないですよー!!!」
気がついたら逆ギレしていた。
わたしにはどうしても納得できなかったから。
他者を救おうと奮闘したあの人が自身の命を軽んじている事が。
わたしの命を文字通り命がけで二度も救おうとしてくれたのに、自分の命を捨てんばかりの無茶を行っていた事が。
「傷口開いちゃってるじゃないですか!!
そんなんであんなバケモノと戦ったら、それこそ命落としかねないですよばかー!!!」
この時、わたしは本気で怒っていた。
わたしは覚えていたから。
わたしの命を救うために一人で何もかも抱え込み、死んでしまった”大切な人”の事を。
「私は死にゃせんわよー!」
余計に興奮し、叫びだす師匠。
だけど、わたしにはその言葉が余計に苛立ちを募らせる。
それはわたしにとって、一番許せない言葉だったから。
「死なない人間なんていませんよ!!!」
そう、死なない人間なんていない。
だれだって深手を負えば死ぬ。
一般アークスであろうと六某均衡だろうとそれは同じだ。
なのに、彼女はいつも無茶をする。
わたしに最初に言った言葉が「死にたいの?」だったというのに、自身がこんな状態だ。
「いつもいつもいつも!!
貴方は心配する方の気持ちとか考えた事あるんですか!?」
気がつけば、まくし立てるように言葉を続けていた。
普段から無茶ばかりをする師匠に対し、溜まっていた感情が爆発していた。
いつだってそうだ。彼女はいつだってそう……。
「貴方はわたしにとって一人だけの師匠なんですからね!!
自覚持ってくださいよ!!ばかー!!」
必死に叫ぶ。
気がつけば、何かが頬を伝って零れ落ちていた。
それは止め処なく溢れ出し、見る見るうちに頬を濡らしていく。
「アー、もうわかったわかったわよ……」
師匠は自分の頭をワシャワシャとかき乱すと、諦めたように呟いた。
「うぅ……あんまりわけわかんない事ぬかすと、
その傷口つんつんしてやりますからね…ぐすん」
後半は言葉になっていなかったような気もしなくはない。
それでも、失いたくなかった。
いなくなってほしくなかった。
わかってる。
彼女に対して、わたしが誰を重ねて見てしまっているのかを。
わかっている。わかてはいるんだ……。
「ほんと、まるで子供ねぇ……」
そんな師匠の苦笑した声が聞こえた。
④
やがてキャンプシップが三番艦『ソーン』の宇宙港へと到着する。
わたしは自身の甲冑を装着し、
「歩けます?お姫様抱っこしましょうか?」
そう尋ねたんだけど、「歩けるわよ!」と一蹴されてしまった。
文字通りの意味で。
渋々わたしは甲冑を解除すると彼女の肩を支え、入り口までの歩行を助ける。
ある意味、甲冑のパワーアシスト機能を生かすチャンスだったんだけど、残念。
やがてキャンプシップが、ドックへと入港しドッキングする。
扉が開き、メディカルセンターから来た救難員達がキャンプシップ内へと入ってきた。
師匠は救難員をどこか懐かしそうな目で見ているように思えた。
「ありがとう、でもタンカ、要らないわ」
救難員達を手で退けると、ゆっくりと『ソーン』内へと足を踏み入れる。
「あ、だめですって!師匠!」
慌ててわたしも師匠の後を追いかけ、再び彼女の肩を支えた。
「だから言ってるでしょ?たいした怪我じゃないって」
本当に強情な人だった。
大事な時ほど、人の手を借りたがらないような……そんなヒトだ。
「たいした怪我ですよ!お腹に穴開いちゃってるんですから!」
だからこそ、わたしは力になりたかった。
彼女は、わたしが考えていたほど強くはないから、だからこそ……―
・・・・
・・・・
・・・・
「ふむ、大丈夫じゃよ。
見た目こそ派手じゃが傷は治りかけとる」
それが主治医の診断だった。
「ほらー?言ったじゃない」
師匠がそれ見た事か、と言った様子に安心していいのか怒っていいのかよくわからない感情が芽生えてくる。
だけど、それならあんなに大騒ぎしたわたしがバカみたいに思える。
「それにしても先日重症で運ばれてきた患者が、勝手に抜け出したと思ったら今度は
おっかなさそうな保護者を連れてくるとはの」
カッカッカと愉快そうに主治医が笑う。
おっかない保護者というのはまぁいいとして、わたしには気になるキーワードがひとつ。
「しーしょーお?
勝手に抜け出したってどういう事ですか?」
というかそもそもわたしに対して入院するっていう報告すらもしてくれていない。
仮にもパートナーだというのに。
それでも大体の想像が着いた。
1週間ほど前に「ちょっと忙しくなるから今日からアンタ自主練ね」というメールが唐突に届いた事があった。
普段ならミッチリコッテリと無茶振りトレーニングを目の前で課して、それを楽しそうに眺める事が日課のはずの彼女がいきなりそんなメールを寄越したのだ。
何かありそうとは思ったけどあまり気に留めなかった。
それが、まさか重症の怪我を負って入院していたなんて……。
正直言うと一言連絡が欲しかった。
彼女はいつも一人で抱え込んでばかりだ。
確かに入院した事をわたしに報告しても何も出来なかったと思う。
それでも、やはりパートナーとして少しだけ寂しかった。
結局、その後、師匠は再入院という事になった。
傷自体は治りかけているため、そこまで長い期間ではなかったが、彼女にとっても少し休養をとる事は悪い事ではないと思う。
「……入院だなんて退屈じゃない」
だけど、当の本人は物凄く不満気な様子だ。
「我慢してくださいよ、わたしも毎日お見舞いに行きますから」
「べつに来なくていいわよ。
こんなのひとりで治るもの」
師匠は冷たくそう言った。
確かに、わたしが来る事で何かが変わるわけではない。
それはわかっていたけど、やはり少しだけ寂しかった。
「……それにしても再入院とはねぇもう病室へ行くわぁ」
小さく呟くと、車椅子を漕ぎながら病室へ向かう師匠。
しかし、傷のせいか車椅子の動きもぎこちない。
「師匠!」
思わず車椅子の手押し用グリップを掴む。
「何よ?まだなんかあるのー?」
不機嫌そうな表情で睨まれて、思わず言葉を失う。
「あ……えーっと……」
なんて言ったらいいのかわからない。
違う、言いたい事はわかってた。
貴方の役に立ちたい、と……。
だけど、その言葉が出てこなくて、わたしじゃ彼女の役に立てるのか自信がなくて……。
「はぁ~……もう、好きになさい」
先に口を開いたのは師匠のほうだった。
「……!
はいっ!好きにしますっ!」
だけど、わたしには嬉しかった。
少しだけでも師匠がわたしを認めてくれたような、そんな気がしたから。
「しっかり身体を休めて、傷口が閉じるまで出撃禁止ですから!お酒も!」
「・・・ビールくらいはお願いします・・・」
「ダメです! 治ったらいくら飲んでもいいですから今ぐらいは我慢してください!
あとナースさんのいう事しっかり聞くんですよ!」
「えー……」
「返事は?」
「へーい……」
「はいっ素直でよろしいです♪」
そんなやり取りをしながら、病院の廊下を進んでいく。
少しずつだけど、わたし達は何か変わっていけているのかもしれない。}
②歪んだ憧れ
...
③ I'll be back
...
親友編 ~アリエッタとの物語~
- 最終更新:2016-05-18 05:59:42